ヴィント・サーフの記者会見

旧聞に属する話だが、昨秋来日したヴィント・サーフの記者会見のレポートを、縁あってインプレスIPv6styleに寄稿した。ヴィント・サーフをご存知でない方はこちらの紹介が最近では適切だろうか。平たく言えば、インターネットの父である。

ヴィント・サーフ Google副社長 記者会見レポート
ヴィント・サーフ Google副社長 記者会見レポート 質疑応答編(1)
ヴィント・サーフ Google副社長 記者会見レポート 質疑応答編(2)
【コラム】われわれは“ネットの父”を越えていかなければならない

文章や翻訳が粗いところも多々あるのだが、改めて読み直してみて、いい仕事の機会をもらえたと思う。というのは、最近改めて「インフラとアプリ」のチキン−エッグ問題を考え直しているからだ。

前職でIPv6の普及促進活動に関わってきた。その中で常に議論を呼んでいたのは、上述のチキン−エッグ問題である。すなわち、IPv6を普及させるには、インフラ整備が先か、キラーアプリの発掘が先か、という話である。

いわゆる識者たちの認識も揺れていた。ある時はインフラを優先させるべきと主張し、またある時はアプリがなければ意味がない、とも論じていた。しかも単なる主義主張というよりは、背負っている業界であったりその中での立場であったり、と複雑な背景を抱えながらの議論となり、結論は出なかった。おそらく今も出ていないと思う。

正直、その只中にいた時は、私にも分からなかった。あるいは今もその中にいたら分からないままだったのだと思う。ただ、前職を離れ、冷静な目で状況を見渡し、ある結論に至った。

やはり「アプリが先」である。

もちろん、アプリだけで何かができるわけではない。アプリを使いこなすためのインフラは不可欠だし、インフラなきアプリは不効率極まりない。だから両者は不可分な関係にある。しかし、インフラなきアプリは「効率性の低下」にとどまるが、アプリなきインフラは「まったくのでたらめ」に陥る可能性が高い。

たとえば自動車というアプリに対するインフラは道路である。しかし道路が道路たりえるのは、自動車というアプリが明確にその要求仕様を定めているからだ。ゴムタイヤを介して路面と接し、摩擦を利用して駆動力や制動力を得る。ゴムタイヤだから雨の日は空転しやすいし、また極端な温度変化も苦手だ。そういうスペックは、すべてクルマの存在によって明らかにされる。

IPv6もこれと同じである。そこでどんなアプリが利用され、どのようなサービスが展開するのか、さらにいえばそれが何を変え、どのような便益をもたらすのか。そういう利用イメージがなければ、インフラのデザインなんてまともにできるはずがないのである。

これは「サービスとプラットフォーム」についても同じことが言える。サービスなくしてプラットフォームなし。そしてサービスの変化に応じてプラットフォームも変化しなければならない。一度そのサービスが栄華を極めたからといって、その当時の興隆を維持できていないのであれば、そのプラットフォームは作り直されるべきである。

そんなことを、新しい仕事を通じて感じていた時、ふとヴィント・サーフがなぜGoogleに移ったか、ということを思い出した。というより、TCP/IPという「インターネットを含むすべてのIP網の基盤」を作ったヴィント・サーフがGoogleに移ったという事実(とその裏にある意志決定)が、すでに半分その答えだったのである。

このチキン−エッグ問題の解決は、大げさにいえば私が今はじめつつある新しい仕事の指針になる。そしてヴィント・サーフの決断が、その指針が健全で真っ当な考え方に基づいているという確信を私に与えてくれる。読みにくい文章なのでおすすめするのはややおこがましいが、それでもご一読いただければ幸いである。