IT新改革戦略での電子政府IPv6対応宣言

 去る1月19日、日本のIT政策の中枢であるIT戦略本部から、e-Japan戦略に続く新たなIT政策の骨格となる「IT新改革戦略」が発表された。この政策群は、国民生活の利便性向上や日本のIT産業の世界的な競争力強化を目的に、様々なシーンでのIT活用を2010年度までに実現すべく立案されたものだ。
 その一つの「世界一便利で効率的な電子政府」に関する項目で、「各府省の情報通信機器の更新に合わせ、原則として2008年までにIPv6対応を図る」という記述が盛り込まれた。政府の行政手続や、自治体の住民向け行政サービスのさらなる電子化など、より便利な電子政府・電子自治体の進展に、基盤技術としてIPv6採用が宣言されたということである。
 電子政府は従来からも構築・運用が進んでいるが、従来の電子政府は、用途別・機能別にそれぞれ独自のネットワークを構築し、運用されてきた。これは、従来のインターネット技術ではそのような作り方が合理的だったからである。一方、IPv6のネットワークを使えば、単一の通信ネットワーク上で、目的に応じて設定することができる。つまりネットワークを共用化することが可能となる。これはコスト面で大きな利点があるだけでなく、結果的に通信の品質をも高めうる。
 こうした可能性を先取りし、すでに一部の自治体や企業では、電子政府と連携した防災や医療等での新しいサービスの提供可能性の検討に入りつつあり、実証実験も行われている。
 今後、IPv6普及促進も、こうした新たな段階に入るだろう。
(情報通信ジャーナル 2006年3月号に掲載)

先日IT戦略本部から発表されたIT新改革戦略・重点計画-2006(案)でもIPv6の言葉が生き残っていた(37ページ)。しかし結局のところIPv6の普及には、IPv6をインフラ技術として利用することで実現されるアプリケーションイメージやその利便性を、「IPv6という言葉を使わずにどれだけシステムとして仕様化できるか」が、カギとなるのだろう。


情報システムによる通信インフラへの要求水準が、このところ上昇しているように思える。特に、運用コスト、スケーラビリティ、セキュリティなどに関し、課題を指摘する声が聞こえだしている。その要因として、

  • システムや端末のIP統合が急速に進んだ
  • それによって接続されるノードの数や種類が増え、システムの規模が拡大した
  • IPのインフラ化が進んだことで、IPによるアタックや情報流出が深刻化した

といった点が挙げられる。これに対して通信インフラの側は必ずしも明確な(あるいは画期的な)解決策を提示できず、結果として「本来なら下位層のことまで気を使いたくないのに下位層を意識しないと設計できない」という事態を招いた。オーバーレイ技術の台頭やシステム設計時のコントロールポイントの上位層への移行も、こうした背景が一因としてあろう。

この「なぜIPなどという下位層に気を使わねばならないのか」という認識は、これまでIPv6の導入に際して、大抵の場合「IPなんて何だっていい、だからIPv6が云々なんて興味がない」という批判的帰結をもたらしてきた。しかしこれはIPv6にとって本来は追い風となるはずである。なぜなら、IPv4の課題をはじめとする下位層の貧弱さこそが「ユーザに下位層を意識させる要因」であり、その課題のネガつぶしを行ったIPv6を使うことで、ユーザは本当の意味で下位層への意識から解放される可能性が高まるからだ。

たとえばIPv6が実現している自動設定機能は、ネットワーク運用時の負荷を大幅に低減させる。またIPv6が実現するフラットな構造のネットワークは、大規模な分散システムを容易に実現する。さらにIPv6はIP-VPNや様々なオーバーレイ・ネットワークを実現しやすい技術でもある。これらの要素は、結果としてSOAやEAの概念を従来よりも推進する可能性を秘めている。

とはいえ、これまでIPv6の適用は、施設制御・管理やIP電話、あるいは情報家電などのnon-PCあるいはnon-IPという、いわば情報システム産業にとってのフロンティアの領域で進められてきた。これは、そういった分野の方が新技術であるIPv6の採用の垣根が低かったからであり、逆に言えばエンタープライズシステムなど既存の分野は、それだけ参入が困難な市場だったのである。

しかし今、SOAやEAという切り口を得たことで、「通信のことをあまり考えなくてもいいプロトコル」として、IPv6はレガシーな情報システムの世界へ進出するための突破口を得ようとしている。だからこそ、そこで「通信=黒子」であることが求められている以上、そのニーズを顕在化させるためには、逆にできるだけIPv6というキーワードは潜在化させておくことが必要なのである。

IPv6というキーワードは今後徐々にフェードアウトし、システムの要求仕様の中に盛り込まれていくか、あるいは新たな通信インフラを支えるための標準技術として採用されていく…おそらくこれこそがIPv6普及促進の最もエレガントな姿である。それを目指すことこそが今後の関係者の汗のかきどころなのだろう。そして通信キャリアをはじめとして、IPv6の製品開発に関わられている方々も、そのことに薄々気づいているようだ。

「売りたいのに売ると言えない」というのは、やや複雑な状況なのかもしれない。しかしそこに商機があるなら、それを試みなければならなかろう。だとしたら、やはり先のNGNのエントリと同様、目の前で踊るキーワードがどの角度から(あるいは誰から)光をあてられているのかを知ること、そして技術要素も入り組み始めている以上、できるだけ正確に全体を見渡して整理できることが、これまで以上に重要になってきているのである。