NGNの現状と課題
結局5月は一回も更新できず、気がついたらもう6月も後半である。言い訳をすると、年度末が締めとなる仕事の片付けに連休明けまで忙殺され、少し余裕ができたら再開しようと思っていたら、その年度末にまとめた成果が新たな仕事を呼び起こしてしまう、という悪循環(?)に入ってしまった。待っていても余裕はできなさそうなので、少しずつ再開していくことにする。
すでに今月分も開催されたので旧聞に属する話だが、5月後半に渡辺聡さんが主宰されるEmerging Technology研究会(以下ET研)に参加してきた。今回は"NGN"をテーマに、比較的下位層のあたりで起きている地殻変動がIT業界全般に与える影響を考えるという趣旨で開催され、私はNGNの概要とその周辺で起きているいくつかのトピックをご紹介した。
渡辺さんが執筆されるCNET Japanの情報化社会の航海図でも以前から「アーキテクチャが変わりつつある」という話をされていたが、実際に固定通信網のインフラやアーキテクチャに関する動向は、ここ1-2年で日本のみならず世界的にも活発化してきている。その動きの中で、主要な先進技術が"NGN”というキーワードに収れんされはじめた、というのが現状だろう。
当日の模様は渡辺さんのblogやそちらへのトラックバックを参照いただくとして、大きな成果としては「どこが未整理なのかが整理できた」というところだろう。技術の移行期にそういった整理ができるのはとても有意義だった。
まず、NGNの大まかな定義としては、以下のように整理できるだろう。
技術概要としては、東京大学の森川先生が、総務省主催の「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」の2006年4月の会合において紹介された資料が詳しいので、そちらをご覧いただきたい。
このNGN、有り体に言うと、あまり評判が芳しくない。
たとえばISPなどの下位層を担う事業者からは「インフラが完成していない以上、本当に使い物になるのか分からないし、運用技術の蓄積が皆無であるため過渡期には相当な混乱が予想される」との声が聞こえる。一方でOSやアプリを手がける上位層からは「所詮はインフラの話だからそれほど大騒ぎするものではなく、今のところ関心もない」と指摘される。
さらに通信行政の在り方に批判的な立場からは「手がけるべきことがなくなった通信キャリアの予算獲得(あるいは都合のいい規制の設定やそうでない規制の撤廃)の名目に過ぎなかろう」とも揶揄される。これはややうがった見方だとは思うが、実際にそう見えてしまう面が皆無とはいえない。
こうした批判的な見方は、NGNに関するサービス全体のイメージ、すなわち
- 構築・運用の方法
- 具体的なアプリケーションとその利用イメージ
- その利用イメージが実現する際のキープレイヤーとビジネスモデル
などが見えづらいこと、見えづらいわりに各国の通信キャリア(特に欧州と日本)が声高に話し始めていること、そしてそれらが昨今の「インフラただ乗り論」などと関連づけられ、既存のインターネットサービスの提供者や利用者に必要以上の疑心暗鬼を生んでいるからだと思われる。
結論としては、こうした批判的な見方にもかかわらず、私は世界中の多くの通信キャリアは、多かれ少なかれNGNへの対応を進めざるを得ないだろう、と考えている。私は別にNGNを積極的に支持するわけではないのだが、NGNの採用を通信キャリアが進めるのにはそれなりの合理的な理由が存在するからだ。具体的には以下のようなものである。
- 事業構造
- 多くの通信キャリアで音声通話(非IP)の収入がいまだ大きな地位を占めている
- たとえばNTTコミュニケーションズの2005年度の営業収益でIP系は全体の26.9%に過ぎない
- 従って非IP系部分のIP化による事業コストの低減が直近の競争力に影響する
- 技術動向
- すでに多くの通信技術は急速にIPへの統合が進められている
- ATMも含め、既存の非IP通信技術を維持するための技術者が確保できない
- ユーザニーズ(サービス品質)
- 既存のインターネットでは必ずしも通信の品質や信頼性を確保できない(あるいは確保に多くのコストを要する)
- エンタープライズ、行政、IP-TV(IP再送信を含む)など、IPを使う安全な閉域網を求めるユーザの存在が少なからず顕在化しつつある
ただここで大きな問題がある。通信インフラとして、すでにインターネットが大きなオルタナティブとして存在している、そしてすでに通信キャリアは少なからずそこからの収益に依存している、ということだ。ましてNGNはIPやSIPという「インターネット由来の技術」を採用しており、インターネットを否定するようなインフラを作ることはできない。
従って、通信キャリアがNGN対応を進めるにあたって、上記のサービスイメージを展開するには、「既存のインターネット、そのユーザ、それらが利用しているサービス」をNGNの中でどのように位置づけるか、といった提案が必ず必要になろう。
今回のET研での議論で逆説的に分かったのは、その部分が現状でほとんど明らかにされていないがゆえに、「NGNってどうよ?」あるいは「NGNなんていらない!」という議論を呼んでしまっている、ということである。たとえば
- NTTはNGNを進めるにあたって、電話(やIP電話)というサービスをどのように位置づけようとしているのか
- 既存の地域IP網で提供されているサービスとOCNで提供されているサービスがNGN上でどのように整理され、また統合されていくのか
- NGNをISPやエンタープライズユーザはどのように使うべきなのか。そもそもその際のサービス提供者は誰になるのか
といったことが、それこそ研究開発に近い方からユーザ候補の方まで、現状ではほとんど整理されていないことが改めて分かった、ということだ。
このような状況であるがゆえに、本blogでも現状では「視点の提供」といったことしかできない。ただ、だからといって「じゃあまだ静観してていいかな」というほどには悠長な話でもないし、「インフラの話だから関係ない」と突き放せるほど上位層に影響の及ばない話でもない、というところが悩ましい。
最後に、NGNを検討していく上で注意すべきキーワードを示してみる。まだ私の中でも整理できていないで、今後入れ替わる可能性もあるが、こうした視点からNGNを注意深く観測していく必要があるだろう。
- オーバーレイ技術
- 仮想化
- SOA
- 常時接続を前提とした感覚(≒いわゆる2.0)
- 通信キャリアの役割の再定義
こうしてみると、技術に関するキーワードはほとんど頭に浮かんでこない。それはすでにNGNの標準化議論の中で明示されているから(そしてその先の技術課題についてはまだ見えないから)である。そう考えると現状のNGNに関する議論は、すぐれてビジネス的(あるいは政策的)だということが、改めてうかがえる。