世界的なIPv6対応の活発化

 前回は米国の動向を中心に採り上げたが、IPv6の研究開発は日米のみならず世界的に展開している。
 たとえばヨーロッパでは、従来からEU政府が中心となって研究開発プログラムを構成し、アプリケーションやシステム開発におけるテスト環境でのIPv6対応に関する「標準化」に向けた仕様策定を行っている。また民間分野でも、携帯電話や自動車など、彼らの「得意分野」でのIT利用における基盤技術として位置づけで取り組んでおり、すでにNokia社からはIPv6対応の携帯電話端末も発売されている。
 一方、アジア地域では、中国・韓国の取り組みが活発である。中国はその絶対的な人口の多さから「IPアドレスの不足」が指摘されており、また地方では電話を含めた通信インフラが未整備である。そのため中国政府はCNGI(China NextGeneration Internet)というプロジェクトを立ち上げ、IPv6技術を活用した通信インフラ整備を実施、2008年までの普及を目指し活動している。また韓国では従来のブロードバンド環境をさらに向上すべく、IPv6に対応したインフラ構築とアプリケーション開発を、産官学が一体となって推進している。
 このように、IPv6に関する市場形成や研究開発は、各国がそれぞれの「持ち味」を発揮しつつ、世界的に活発化している。IPv6先進国を自負してきた我が国も、現状に甘んずるのではなく、これまで積み重ねてきた成果を「すでに実用化に入ったIPv6の先進市場」としてさらに拡大させ、世界的な役割分担の中で自らの位置づけをより明確化する必要があろう。
(情報通信ジャーナル 2006年1月号に掲載)

先日北京で開催された中国IPv6サミットIPv6 Forumが世界各地で開催するIPv6普及促進を目的とした国際会議)に参加してきた。毎年開催されているこの会議に2001年から継続して参加しているのだが、今回の同会議の特徴を一言でまとめるなら、中国のインターネットはインフラ指向を強めている、ということである。特に定点観測してみると、その感を強くする。

インターネットはここ数年で社会インフラと同等の意味を持つようになった。日本では、一般利用者にアンケートをとってみても、9割近くがこのような認識を有していることが分かる。一方でインターネットは「各国の研究者が手弁当で作り上げてきた」という歴史的経緯から、道路や水道、電気等のように「公共財」としての維持・拡大が行政によって保障されるような位置づけにはない。

一方で、行政にとってインターネットはすでに無視することのできない存在になっている。いくつか論点があるが、大別すると、

  1. インターネット・インフラの維持・管理
  2. インターネット上の市民活動(言論、市民生活、等)と社会制度との関係
  3. インターネット上の商業活動(放送、著作権関連を含む)と社会制度との関係
  4. インターネット技術の他分野への応用

といった点について、それぞれ「誰がどんな役割を担い、どのように(どんなファンドで)進めていくのか」といった関心が、日本であれば内閣、総務省経済産業省文化庁、といった行政機関で、民間企業や電話会社を巻き込みながら議論されている。そして同じような構造は、中国や米国をはじめ世界各国で形成されている。

やっかいなのは、これらがそれぞれ有機的に連携していること、一方で国別の力点はそれぞれ別なところに置かれていること、にもかかわらずそれらは国際的な動向や力学の中で考えなければ整理できなくなりつつある、ということである。たとえば日本では

  1. は「NGN」というキーワードで4と関係し、そのデザインは通信業界、マスコミ業界、あるいは物販業界の産業構造という形で3に影響を与える。
  2. を考える上で1に行政がどう関わるかは、その有無も含めて重大な課題である。単なる市場原理だけでは「信頼できる社会インフラ」の維持が困難なのは言うまでもないが、一方で政府は「言論の自由」も保障しなければならない。
  3. は「地上デジタルのIP再送信」や「iPod等の音楽配信」のみならず「コンテンツの私的利用」という点で2に関係し、それは4の「NGN」の構造を規定する。
  4. の作り方はインターネットの社会における位置づけそのものに影響を与え、1の議論と関係する。NGNの拡大解釈としての「住基ネット」等はその議論の一つの姿だろう。

といった複雑な構造が存在する(これはいずれ整理してマップを描いてみる必要があるだろう)。そしてこういった構造は国ごとに形状を変え、しかしそれぞれの分野で国ごとの調整や交渉が必要となっている。さらに飛躍すれば、「世界中のSIerのオフィスのそばには中国料理店とインド料理店が激増している(あるいはその逆)」といった、(通信業界から見た)周辺産業を含めた人材の偏在という問題にも行き着く。

こうした複雑な状況を整理するには、

  • それぞれの国がどのポジションを重視し、それに対してどんなオプションを考え、用意しているのか
  • その国の強み(国際競争力の源泉となる資源)はどこにあるのか

を把握することが重要となる。特に通信業界の視点でこの問題を整理する時、その成立から一般に国別の政策が産業動向に大きく影響を与えることから、「政策がどこを向いているか」を把握するのは不可欠となる。

中国の場合、そもそも固定電話も含めた通信インフラが未整備のため、インターネットの整備も必然的に「通信インフラ」という認識で行われることになる。彼らがインターネットを国の力で整備し(実際、チベットへの光ファイバ敷設は、人民解放軍によって行われたという)、またそれを国の力によって管理・運営しようとするのは、そのためだ。

この場合、中国は「インフラをこれから作る」という点が当面の強みになる。それはすなわち、政策決定者の思い通りの情報通信ネットワークを構築できる、ということである。すなわち、既存の社会制度にインターネットを組み込みやすい(逆に言えば、インターネットによって既存の社会制度を変革させにくい)、という点がある。

一方でこうしたインターネットの構築・運営の仕方は、果たして中国の国力の強化に資するのか、という議論もある。というのも、中国経済自体はすでに世界経済の中に組み込まれており、それから逃れるようなネットワークの作り方よりは、それと積極的に接点を持つようなネットワークの方が、最終的には産業振興に資するのでは、という考え方である。このような現実的な意見は、海外とのネットワークを持つ中国人の間では、官民を問わず一般的である。

ようやく最初の話に戻るが、中国政府が北京オリンピックの時期をターゲットに、IPv6技術を用いて情報通信インフラの構築を目指す「CNGIプロジェクト」がインフラ指向で推進されているのは、

  • おそらくまだ国内でインターネットの社会的位置づけに関する政策的な合意が出来ていないこと
  • 一方でインフラ整備を急ピッチで進めなければならないこと

これらの現実的な落としどころとして、「管理されたインターネット」「開放されたインターネット」「NGN」のどれにでも転用できるよう構成している、という意図があると思われる。そしてそれらを実現する技術として、IPv6でなければできない(あるいはIPv6の方がリーズナブル)だと考えているのだろう。

…あまり明確でなく、また遠回りな書き方に終始したエントリになってしまい恐縮だが、私自身の論点整理のノートという意味合いを含めて、あえてこのまま書かせていただいた。ぜひ、ご意見いただければ幸甚である。