ボーダフォンとソフトバンクの行方(3)

http://www.softbank.co.jp/news/release/2006/060317_0001.html

ソフトバンク株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:孫 正義、以下、ソフトバンク)は、ボーダフォン・グループPLC (本社:英国ロンドン、代表:アルン・サリン、以下、ボーダフォンPLC)との間で本日、ボーダフォン株式会社(本社:東京都港区、代表:ウィリアム・ティー・モロー、以下、ボーダフォン)の買収について合意いたしましたのでお知らせします。

不眠不休であったろう関係者をまずは労いたい。これほど大きいディールに関わったことはもちろんないが、小規模でもこういう類の仕事は本当に心身ともに疲れるものだ。同時に、上記にも書かれているとおり、連結財務諸表への影響分析を進めなければならない。監査法人投資銀行のサポートも受けられるだろうけれど、IRが絡むだけにより慎重な作業が求められる。引き続きがんばっていただきたい。

さておき。記者会見と質疑応答の中で、このあたりから当面の展開が読み取れるのではないか、という注目すべきコメントがいくつかあった。R30さんが作成されたメモを元に、少し考えてみよう。

Q:Yahoo!との水平分業について(≒事業の水平分業)
井上:ヤフーについてはBBの時に経験していますが、インターネットユーザーに広く提供していくということと、VFのユーザーの方々にキャリアに近いところにいるために利便性を提供できる部分があると思うので、社内ではT字形というが、横に広くサービス提供する部分と、会員の顧客に深いサービスを提供する部分とに分けていきたい。

当面Yahoo!ボーダフォンの顧客管理を別立てで運用する、ということだろう。Yahoo!BBも含め、両者の間では顧客管理の方法や管理水準が異なるのだから、当然ではある。

ただ、携帯電話は固定電話のような具体的な資産(電話加入権)を伴った権利の授受がなく、それゆえ顧客管理体制もそう厳格なものではない(個人の信用確認でいまだに連絡先に固定電話が好まれるのはそのせいである)。また、プリペイド携帯電話の提供継続などからも分かるとおり、ボーダフォンは携帯電話事業者の中では一番そのあたりの敷居が低い。

従って、そう遠くないうちに、何らかの融合策をはかることは容易に考えられる。そしておそらくは、やはりYahoo!側をボーダフォン側に吸収させる可能性の方が高いだろう。どちらの顧客情報をどのようにに吸収させるか、という意志決定が、今後のソフトバンクグループの携帯電話戦略の鍵を握ることになるので、ここは引き続き注目すべきポイントである。

Q:端末の水平分業について(≒技術の水平分業)
孫:端末はこれまで通り多くのメーカーさんから調達することになるが、新しいテクノロジーや使い方についてはもっともっと深く関わっていきたい。

以前の私のエントリに対し、R30さんのエントリに記載されたコメントの中で、「NGNの焼き直しなのでは?」という意見があった。これはなかなか鋭いコメントで、確かに私の中にあるイメージは、いわゆるNGNの概念からそう遠くないはずである。

それをあえてNGNと言わなかったのは、NGN自体がまだ抽象的な段階に終始しているように見えるからだ。公開情報から探る限り、という留保付きだが、たとえばITU-T SQ19、すなわちNGNの移動通信のグループの現状は、まだ要求仕様を集約する段階のようだ。おそらく、実装や運用の実績に基づいた議論ではなく、ああしたいこうしたい、という段階と思われる。

実際、NGNの実装はまだそれほど進んでいない。世界に先駆けてNGNへの取り組みを宣言したBTがどれくらい取り組んでいるのかはきちんと調べる必要があるが、実際のところ、今一番使われているNGNは、日本のIP電話網だろう。それとて、基本的には既存のIPネットワーク運用の延長にあるプライベート・ピアリングの類だし、交換網を介さない相互接続はまだまだ途上にある。

今回のボーダフォン買収でソフトバンクは、当面既存のボーダフォンのリソースの継続利用とその最適化を続けることになるだろう。なにしろそれがLBOの条件だし、アクセス(基地局と端末間の通信)部分の急激な変化は顧客離れを促進するだけである。逆にこの制約が作り出す「時間」をうまく使って、いわゆるIPとWiFi/WiMAXをベースとした「いわゆる4G」携帯電話の独自モデルの開発に乗り出す、というのが私の見方だ。

それをある程度裏付けているのが、下記の3つの質疑だと思う。

Q:ドコモへの対抗策
孫:少なくとも3Gについてはつながらないところが多すぎるという声があったと認識しています。これについては徹底的につながるようにこだわってネットワークを強化していきたい。これはまったくの新規で作るのに比べれば、はるかに苦労が少なく、早くできると考えている。

Q:料金設定
孫:少なくとも料金がドコモ、auに比べて高いというイメージはユーザーの中にはないのではないかと思いますが、新たな価格戦略についてはコメントすべき時期ではないと思っています。

Q:2.5GHzのサービスと、MVNOについての見通し。
孫:WIMAXについては、これまでいろいろ実験をやってきておりますので、VFの買収によって早く展開できることになってきたので、これは進めていきます。またMVNOについても新たな顧客獲得の手段と思っていますので、積極的に検討していきたい。

まとめると

  1. 3G投資を続ける
  2. 料金体系は当面そのまま
  3. WiMAXは実験をスタートしたい
  4. MVNOやります

ということだが、それぞれの行間から、

  1. 携帯電話のモードが電話からメール端末へとシフトしつつある中、3Gの継続は「いわゆる4G」へのブリッジとして不可欠
  2. 「いわゆる4G」でインフラ運用のコストを下げた時の利益確保を見越すのであれば、現在の価格感は壊したくない
  3. WiMAXの実験で「いわゆる4G」の技術検証と利用者の移行を徐々に促す
  4. 一方で既存サービスの需要だけでは3Gへの投資が重すぎるのでそこは徹底して資金回収したい

というシナリオが読み取れる。これはなかなかベストシナリオに近くて、今回の買収が相当に時間をかけて練った案件であることがうかがえる。また、ここまで「通信キャリア的なベストシナリオ」を描けるようになった背景に、Yahoo!BBでサービスを育成した経験と、日本テレコムのノウハウがあったことは間違いない。その意味で、単に移動通信だけでなく、固定通信やIPも含め、既存勢力にとってかなり強力なプレイヤーが登場した、と考えるべきだろう。

今後も引き続き注目していきたいが、おそらく今後はしばらく検討が水面下に入ると思われる。そしてそこにいろいろなビジネスチャンスがあるだろう。私もそのいくつかを落ち穂拾いできるといいのだが、それはまた別の話。